福島地方裁判所いわき支部 昭和55年(ワ)133号 判決 1982年4月28日
原告
佐藤一郎
右訴訟代理人
折原俊克
被告
南双葉農業協同組合
右代表者理事
原田長太郎
右訴訟代理人
市井勝昭
主文
一 本件訴をいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告組合が昭和五五年二月一六日になした総代選挙が無効であることを確認する。
2 被告組合が昭和五五年四月九日開催の第一田通常総代会においてなした議決が無効であることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求はいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告組合は、昭和五四年二月二七日、福島県知事の認可を受けて、富岡町農業協同組合、川内村農業協同組合、楢葉町農業協同組合、広野町農業協同組合の四農業協同組合が合併して新設され、昭和五四年三月一日、その旨の設立登記を経た農業協同組合であり、原告は右合併前の富岡町農業協同組合の正組合員であつたもので合併後の被告組合の正組合員である。
2 ところで、被告組合は被告組合定款五二条の二により、総会に代るべき総代会を設けるものとされ、総代は定款附属書総代選挙規程(以下、単に「選挙規程」という。)の定めるところにより正組合員が選挙するものとされているところ、昭和五五年二月ころ総代選挙が行われて土屋一重のほか四九九名が選出されるとともに、昭和五五年四月九日開催された第一回通常総代会において、議案第一号から議案第一四号までの各議案がほぼ提案通り採決され、理事三〇名、監事八名が選出され、昭和五五年度の役員報酬を一、八四〇万円以内とし、定款の一部変更を議決している。
3 被告組合は、昭和五五年二月一六日ころ、各部落ごとに支部長を通じて選挙規程別表に定める総代の選挙区及び総代の定数を目安として、口頭あるいは電話で推せんを求め、これにより総代の選出があつたものとした。
4 右3の方法でなされた総代の選出は、被告組合定款五二条の二第四項に基づき定められた選挙規程を次のとおり全く無視してなされたものであるから、被告組合定款五二条の二第四項、農業協同組合法四八条五項、三〇条三項ないし八項に違反し、無効である。
(一) 選挙規程四条によれば、選挙期日は、その期日から一〇日前までに書面をもつて正組合員に通知し、かつ公告すべきであり、右通知及び公告には、投票開始の時刻、投票終了の時刻、投票所、開票所などを記載すべきところ、これを全く行わなかつた。
(二) 選挙規程六条によれば、選挙管理者、投票管理者及び開票管理者を選挙ごとに、組合長が理事会の決議により、本人の承諾を得て正組合員のうちからそれぞれ指名すべきところ、これを全く行わなかつた。
(三) 選挙規程一二条によれば、選挙は無記名投票により行い、投票は正組合員一人につき一票とされているところ、これを全く行わなかつた。
(四) 選挙規程五条によれば、総代の立候補及び候補者の推せんを受付けて、総代の候補者の住所、氏名、及び立候補又は推せんの別を、選挙期日の前日までに公告し、かつ選挙の当日投票所に掲示すべきところ、これを全く行わなかつた。
(五) 選挙規程一三条によれば、各選挙区ごとに投票所を設けるべきところ、全ての選挙区についてこれをなしていない。
5 原告は右総代選挙に立候補する意思を有していたところ、前記通知、公告がなく立候補の機会を逸した。
6 そして、前記第一回通常総代会は、右のとおり、無効な総代選挙に基づいて選出された総代によつて構成されたものであるから、右総代会においてなされた議決は、その内容が法令や定款に違反するものでないとしても、その瑕疵の程度が重大かつ明白であるから無効である。
よつて、原告は、被告組合のなした前記総代選挙及び前記第一回通常総代会においてなされた議決がいずれも無効であることの確認を求める。
二 被告組合の本案前の抗弁
原告が無効であると主張する総代選挙及び総代会の議決は、いずれも過去の法律関係であり、この確認は、法が特にその必要性を認めて規定を設けた場合に限り例外的に許されると言うべきであつて、農業協同組合法にはその旨の規定が存しない。
仮に右規定が存しない場合にも、選挙、議決が無効であることの確認を求めることができると解するとしても、それは、選挙の結果、議決の内容に瑕疵があり、選挙、議決が当然に無効であるか又は不存在である場合に、現在の権利関係に影響を及ぼす限り、その旨の確認を求めることができるのであつて、そうでない場合は農業協同組合法九六条に基づき行政庁による取消手続を経なければ、裁判所は、選挙、議決の効力を判断することができないと言うべきである。ところが、本訴を提起している原告は、総代選挙に立候補する意思を有していなかつたから、総代選挙、総代会の議決が無効であるとしても、原告が選挙、議決の無効確認を求めることはその利益を欠いているものである。
三 被告組合の本案前の抗弁に対する原告の抗弁
過去の法律関係であつても、現在確認訴訟で確認すべき利益ないし必要がある場合は、その無効確認は許されるのであり、原告が総代選挙に立候補する意思を有していたことは請求原因5のとおりで、かつ総代が総代会の構成員である以上、現在の法律関係に影響を及ぼしており、総代会の議決に基づく事業計画や予算が執行されて現在に至つている以上、確認の利益が存する。
四 請求原因に対する認否<以下、省略>
理由
一被告組合が、総会に代るべき総代会を設け、昭和五五年二月ころ総代選挙が行われて土屋一重ほか四九九名が選出されるとともに、昭和五五年四月九日、第一回通常総代会が開催されて、原告主張のとおりの議決がなされたこと、原告が総代選挙に立候補しなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二ところで、被告組合は、本案前の抗弁として、まず原告が無効を主張する総代選挙及び総代会の議決はいずれも過去の法律関係であるから、この確認は法が特にその必要性を認めて規定を設けた場合に限り例外的に許されるというべきであり、農業協同組合法にはその旨の規定が存しないと主張するのであるが、農業協同組合法が、商法二五二条のような決議の無効確認を認める規定を設けていないことは明らかであるが、実定法上その旨の明文規定が存しないという一事をもつてこれを否定すべきでなく、総代の選挙又は総代会の議決が当然に無効である場合、訴訟の一般原則としての訴の要件が具備されるならば、裁判所は、訴訟における前提問題として、右選挙又は決議の無効の判断をすることができるというべきである。
そこで、以下、右の点から本訴提起の適否について考える。
請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない(なお、総代選挙期日は昭和五五年二月一四日である。)。
<証拠>を総合すると、原告は、総代が選出された後で、かつ総代会が開催される前である昭和五五年二月終りころ、原告が居住する新田部落の支部長から被告組合の理事に推せんしたい旨の話をもちかけられてこれを内諾したこと、同年三月二日、原告は、右推せんの話があつたことから、被告組合定款及び定款附属書役員選任規程を見せてもらうため被告組合に赴いたところ、既に総代が選出されていることを聞き及んだこと、その後、原告地区で役員推せん会議が開かれた結果、原告を理事に推せんすることについては一〇対七で否決されたこと、原告は、日本共産党富岡支部なるところが「北斗星」という名称で発行する機関紙の同年四月二七日付「北斗星」に「南双農協第一回通常総代会と役員会」という見出しで、被告組合第一回通常総代会が開催されたことおよびその開催日、場所、その審議内容のあらましを記事として掲載したこと、その後、原告に対し、他の組合員から総代選挙の方法と任期、支部長の性格と権限、定款の配付時期について質問が寄せられたことから、原告は同年五月八日、被告組合に赴き、木田常務理事に対し右質問事項について説明を求め、同月一五日までに回答して欲しい旨申し入れたこと、同月一九日午前中、再び被告組合に赴き、前記常務理事及び渡辺参事に対し、同趣旨の説明を求めるとともに、同日付の「総代会不成立と議決無効について」と題する内容証明郵便(福島富岡郵便局が同日八時から一二時の間に受付けた旨の消印が存する。)を被告組合理事あてに送付し、その中で「第一回通常総代会は、総代が適法的に選挙されていないので不成立(正しくは不存在)、従つて議案は議決はすべて無効である」旨主張すると共に、「一日も早く組合運営を正常化するため、総代選挙規程にもとづく総代選挙の実施を要求」し、同月三一日までに右の点についての回答を求めたこと、原告は同月二三日付「北斗星」に右内容証明郵便の内容を紹介すると共に「南双葉農協総代会の不存在と議決無効問題」という見出しで被告組合との右経過を内容とする記事を掲載したこと、右二三日付「北斗星」の記事が切掛となり、他の組合員の希望もあつて、原告は本訴を提起することとしたこと(なお、原告の本訴主張に賛意を寄せる組合員も存するようであるが、これらの者は被告組合から融資を受けているため、これが不利になることを懸念して原告とともに本訴に及ぶことを躊躇し、結局原告ひとりが本訴を提起することとなつた)が認められる。又、<証拠>によれば、原告は、昭和五四年一月、原告が当時所属していた合併前の富岡町農業協同組合から、合併の件を主たる議案とする臨時総会通知書を受取つていること、その臨時総会では合併経営計画書の承認が議案の一つに挙げられていること、右合併経営計画書(案)(甲第二号証)中には合併後の組合の機構図が記載されるとともに、組合員の意思を事業経営に表わす方法が記載され、そこに被告組合において総代会制を採用することが明記されていることが認められ、原告本人尋問の結果によれば、原告自身は合併自体に反対の意思を有しており、前記認定のとおり「北斗星」に総代会開催の記事を掲載するほど被告組合の運営と組合執行部の動「向に少なからぬ関心を寄せていたものであることが認められ右認定をくつがえすべき証拠もない。
原告の本件総代選挙又は総代会の議決が無効であることの確認を求める本訴請求は、原則的にはそれ自体単なる事実の確認又は過去の法律関係の確認を求めるものであり、法律等に別段の定めがある場合はともかく、そうでない場合には、抽象的、概括的にその無効確認を求めることは、その利益を欠き許されないというべきである。しかしながら、被告組合の総代会は、いわゆる総会に代るものとして定款により設置され、総会とともに被告組合の意思決定機関の一として機能するものであり、その構成員である総代は、定款及び定款附属書総代選挙規程の定めるところにより組合員の選挙で選出されることとなつている。従つて、適正に構成された総代会による議決は、被告組合の対内及び対外におけるあらゆる法律関係の基礎をなすものであるから、総代の選挙又は総代会の議決が当然に無効であるか又は不存在であるときに、これからの効力から発生した法律関係について現在法律上の紛争が存在するような場合においては、その効力を確定することが当該紛争の解決のために最も適切かつ必要な手段であると認められることもありうるのである。従つて、このような場合には、組合員は、右のような趣旨の確認を求めることは許容されるべきである。
これを本件についてみるに、先に認定した事実によると、原告は、総代選挙後、その選挙手続の瑕疵あるいは効力に疑義を抱くことなく、推せんを受けて被告組合の役員に自ら立候補し、その後も、右選挙された総代により構成された第一回通常総代会が開催され所定の諸議案が議決されたことを他の組会員に周知せしめるなどの所為を繰返していたのであるが、他の組合員から指摘を受けて自らの態度を変え、結局は右総代の選挙又は総代会の議決の無効を被告組合に対して問責し、揚句本訴に及んだものである。確かに、被告組合の総代選挙、少くとも原告の居住する新田地区においては、定款あるいは定款附属書総代選挙規程の定めたところに則つた選挙が行われなかつたことは前掲各証拠により認められるが、そうであるとしても、原告が本件を提起するに至つた前記経緯に鑑みると、原告は、もはや自ら右総代選挙又は総代会の議決の効力如何を被告組合に対して主張する法律上の利害関係を有しないものと解されるし、又、原告の本訴請求は、右総代選挙又は総代会の議決を基礎とする具体的な法律関係に立たないものである。この点について、原告は、被告組合の総代選挙手続に右のような瑕疵があつたため、実際に、総代選挙に立候補する機会を奪われた旨を縷々主張するが(前記認定した事実に照らすと、原告が果してかかる立候補の意思を有していたか疑問である。)、かかる事実が仮に認められるとしても、これは総代選挙に関する一般的、概括的な自己の利益が侵害されたというに止まり、被告組合に対する関係で如何なる法律上の具体的かつ個別的な権利が侵害されたか明確を欠き、この点原・被告間に法律関係に関する具体的な紛争が未だ現在しているとはいえず、従つて、右事実のみをもつてしては、原告に本件総代選挙又は総代会の議決の無効又は不存在の確認を求める利益ないし適格を有しないものといわなければならない。加えて、本件選挙あるいは総代会の議決に基づいて、その後の被告組合の業務執行行為等がなされているのであり、原告を除く大多数の組合員は、これらの法律関係についての効力を争つてはいないし、又、総代選挙又は総代会の議決が、これを基礎としたその後の原告との法律又は権利関係について何らかの影響を及ぼしていないことも明らかであるから、原・被告間における本件争訟の直接かつ抜本的な解決として、右総代選挙又は総代会の議決の効力の無効を確認することが適切かつ必要であるとする利益が存すると認められない。
三以上のとおりであるから、本件において、特に総代の選挙又は総代会の議決に遡つてその無効の確認を求めることを許容すべき理由が存しないというべきであるから、結局その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴はいずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(星野雅紀 三輪佳久 仁平正夫)